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ボランティアバスで南相馬に行ってきました。
2013 / 03 / 19 ( Tue )
野々村です。
南相馬にボランティアバスで行ってきました。

いままで、放射能の危険性をみなさんと一緒に勉強してそれなりに理解をしているつもりです。
これまでにも、宮城の気仙沼や陸前高田にボランティアバスで訪れ津波の被害の大きさ
津波が到達した場所と到達していない場所の明暗や
また、地元の人たちが復興に向けて頑張る姿をこの目で見てきました。

今回、自分自身は軽い気持ちで行ったのではなく
目に見えない匂いもない放射能の恐ろしさを知っているので迷いに迷った決断でした。

チャイルドホクトのメンバーから私の所に電話があり
まだ、小さい子どももいるのだから今回は、キャンセルした方がいいと説得もされました。
本当にありがたい仲間です。

43ひろばやチャイルドホクトのみなさんと一緒に放射能の危険性を広める活動や
被災地の親子を保養としてキャンプのお手伝いをしてきましたが
私は、テレビの報道やみなさんからの情報でしか現地の事を知りません
どうしても自分の目で見て現状を理解したい気持ちが勝ってしまい
行くのを決断しました。

どんな人たちがボランティアで参加するのか?もしかしたら原発に近いから参加人数も少ないのでは?
私の思いとは違い、ボランティアバスは満席の42名が参加です。
春休みの期間ということもあり高校を卒業した人や大学生が半数以上を占めており
その中でも、3分の2が女性でした。
こんなに若い女性の人たちが原発の20キロ圏内に入りボランティア活動をしても大丈夫なのだろうか?
と心配になりました。

私たちがボランティアで行った先は、南相馬のボランティアセンターで
全国から私たちを含め150人ほどが集まり
それぞれ、分担先での活動内容の指示を受けてから持ち場でボランティア活動をします。

そこのセンター長から、できるだけ写真などの撮影は控えて欲しいとの説明を受けました。
センター長いわく、半径20キロ圏内は昼間は住民やボランティアの人たちが立ち入ることが出来るようになりましたが
むやみに写真撮影などをして、ネットなどに投稿することで帰りたいのに帰れない住民の方の気持ちや
風評被害をさかなでしないで欲しいとのお話でした。

私たちの活動内容は、南相馬の小高地区の老夫婦と長男(50歳位前後)が暮らしていた家の瓦礫の仕分けと
ビニールハウス撤去と畑の草刈でした。
私たちが到着すると、老夫婦と長男の方があたたかく迎えてくれて、休憩や昼食の時には、りんごやわかめの味噌汁をご馳走してくれたのですが、さすがに喜んで食べることはできませんでした。

そこでの作業をしていく中で、私はこの作業をする意味などを考えながら作業を進めていました。
休憩の時間に長男の方とお話をすることができましたので、その話の1部を

自分たちは、今ようやく昼間は住んでいた家への帰宅が許されるようになったので
コツコツと家の片付けや畑の整備をしているけれど、もしかしたら、もう、住むことも畑で作物を育てて売ることができないかもしれない。でも、畑で作物を作れば家族はそれを食べることができる
だから、こうしてボランティアさんの力を借りて家族だけでも食べれる作物を作ろうと思うと話されました。

南相馬には、夏に馬追祭りがあり震災前は町の1番のイベントようで
そのお宅にも,馬小屋があり3頭飼っておられたようですが、現在は1頭もいませんでした。
馬はどうされたのですか?と聞きたい気持ちもありましたが私には聞くことができませんでした。
また、今年の夏から馬追祭りが復活するんだよ!と話された時の目が輝いていたのが凄く印象に残りました。

話をしていく中で、放射能汚染でもしかしたら、原発事故前の暮らしには戻れないと感じているようにも思え
でも、万に一の望みはもっているのだと感じ
故郷を捨てて避難してくださいとは言えませんでした。

双葉から遠く離れての上映のあとに、元町長さんが話されたとおり
無駄な被曝を避けるためにも、軽い気持ちでボランティアに行かないでくださいと言われた通り
ボランティアに参加した人の中に線量計を持ってる人がいて
その数値を見せてもらったら、1.6シーベルトの表示でした。
バスの中でも、0.9から0.4と高い数値を表示していました。

今回、私も危険とは思いつつもボランティアに行きましたが
私たちがそのお宅にボランティアに訪れたから
老夫婦や長男の方が、私たちに不満や現実を伝えてもらうことができましたが
もし、誰もボランティアに行かなかったら老夫婦や長男の人達は何を思うのだろう?と考えながら帰路につきました。

現地の人に触れたこともあり、南相馬を出るまでのバスから見える外の光景は
津波で流された車などが放射能の影響もあり、あちらこちらに当時のそのままの状況で残っており。
その光景を目にして、切なくやりきれない気持ちでいっぱいになり涙が止まりませんでした。
南相馬の原発から30キロ離れた場所には仮設住宅が立ち並び、公園で子どもたちが平然と遊んでいました。

誤解されるといけないので書きますが、決して現状を見に行ってくださいではなく
放射能の危険性をもっともっと、多くの人たちの共通意識となるようにしていくことの必要性を感じ
一人一人が背伸びをしないで、やれる時にやれる人が、出来ることを行動していけたらと思います。
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